長すぎる暗黒時代で学んだ教訓とボードゲームとの出会い

私がボードゲームと出会ったのは約2年前でした。それまで私は「何事も体験だ!」と様々なことに挑戦し成功したり失敗したりそれなりに色々な世界を見てきたつもりです。

しかし、当時の私は「世界で一番不幸な人生を歩んでいるのでは?」と思い詰めるほどの暗黒時代を過ごしていました・・・

私は商売を営んでいた両親の一人息子として北海道札幌市で産まれました。2歳で北海道滝川市に移住し、現在も滝川市に在住しています。

貧しい家庭ではなかったです。むしろ金銭的には裕福な家庭で育ったと思います。しかし、心の貧しい家庭でした・・・

もともと両親と祖父母の仲が悪く毎日怒鳴られていたので、泣いて怯えながら家の中で過ごす幼少時代でした・・・

毎日辛く・・・というよりは、辛いという感覚もマヒしてしまっていたように思います。学生時代は「自分は周りのサンドバッグとしてこの世に生まれたんだ・・・」と言い聞かせ、自殺の仕方なる本を読むなど、廃人同然の毎日でした。

ボードゲームと出会う10年以上前の話です。

それは社会人になっても続き「どん底の先にはさらに底が待っている」と体験しました・・・

そして、心身共に疲弊した私はついに体を壊し休職することになりました。この当時、私は31歳。「30歳を過ぎても人生地獄だな」と感じたほどでした。

その時手を差し伸べてくれたのが、今の妻です。休職から復帰後、妻と何か共通の出来ることはないかと色々やってみました。テレビゲームやランニング等2人で続けられそうなものを探していると、ボードゲームという存在を知り何気なく「ノイ」と「コヨーテ」を購入しました。私がボードゲームと出会った瞬間です!

それからみるみるボードゲームは増えていき、そして今年「ボードゲームを北海道滝川市の一大エンターテインメントに」と毎月「北海道中空知でボードゲームをやりませんか?(仮)」を開催しています。

振り返ると、中々こんな人生を生きてきた人はいないように思います。不幸自慢ではないですけどね。

しかし、今となっては両親と面と向かって話せるようになり(30歳を過ぎてからやっとです)「一人息子で育て方が分からなかった。お前を甘えた人間にしたくなかった。」と言われ、複雑な気持ちだったことを思い出します。

長々と私の生い立ちをざっくりと書きましたが、タイトルにある「長すぎる暗黒時代から学んだ教訓」とは・・・

「人には必ず自分に合った環境があって、それは一人ひとり違う。辛かったり病気になる人はその環境が合っていない」です。

今の職場で上手くいかなくても、その人にとって最高の環境はあると思います。よく「今の職場で上手くいかなかったらどこに行ってもダメだよ」は転職経験のない仕事の出来ない人(失礼)の言葉です。それは非力な野球選手はホームランを打てないから無能だと言っているようなもの。足が速かったり守備が上手いのであればそれを活かせるポジションにつけば良いことと同じだと考えます。

それと、身体を壊したりうつ病になったりする方の大半は環境が合っていないのだと思います。いくら我慢しても身体や心は正直なものです。

どうかこの記事を読んでいる皆様、誰かのすねをかじって仕事をしないことは考えものですが何もかも我慢して体を壊したり最悪自ら命を絶つようなことはしないでください。何の自慢にもなりませんし、周囲の人のほとんどはボロボロのあなたのことをさほど気に留めず普段どおりに生活しています・・・それって悔しくないですか?

我慢しすぎてボロボロになるくらいなら、自分で最高の環境を探したほうがずっと幸せになれる確率は高くなりますよ。職場をやめることは決して逃げではありません。辛いこと続きなのに我慢し続けているほうが逃げです。現状を変えなくていいので楽ですからね。どうか私のように休職するまで追い詰めないでください。

この記事を読んでくださっているあなたとボードゲームで遊べる日を楽しみにしています!

 

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